しばらく弾かない予定のギターや、ヴィンテージ等のデリケートなギターは、弦を緩めて保管しておくことが多いと思います。では、何を基準に緩めれば良いのでしょうか?今回はその辺りを理論的に考えてみたいと思います。
弦の緩め方は2パターン
弦を緩める時に一番理想なのは、緩める前と同じ力のバランスにすることです。
つまり6本ある弦の荷重が、それぞれ同じ割合だけ下がった状態ですね。
これは、どれか特定の弦だけ荷重が大きいと、反る変形だけでなくねじれるような変形も加わり、ネックへの負担が大きくなることからも想像できます。
力のバランスを保ちつつ弦を緩める方法として、次の2つのパターンが考えられます。
- ペグの回転量を合わせる
- 下げる音程を合わせる
ネットで検索すると、両方の説がヒットしますが・・一体どちらが良いのでしょうか?。
リペアに詳しい方なら経験的な答えがあると思いますが、今回は理屈で答えに迫ってみたいと思います。
私は昔は「1.ペグの回転量を合わせる」で緩めてました(こちらの方が楽ですし・・)。
しかし、最近は「2.下げる音程を合わせる」を実践している人が多い印象ですし、何となく正しい気がするので、こちらに変えています。
なお、どの程度緩めるか(少しピンと張った状態か、ダルダルにするか等・・)という問題もありますが、ギターによって最適な範囲がかなり変わって来ると思うので、今回は除外させて下さい。
また、念のための免責事項なのですが・・本ブログはあくまでも理屈をこねているだけで、効果の測定等を行った訳ではありません。
言われた通りにやったけどネックが曲がったぞ!のような因果関係の確認が難しいコメントを頂いても責任は負いかねます・・。
もちろん、考え方の誤りについてはご指摘頂ければ幸いです!
そもそも均等に力を緩めるべきかもギターによって違うかもしれませんし、そもそも緩めた方が良いかも諸説ありますし・・軽い気持ちでお付き合い下さい。
ペグの回転量を合わせた時
言い訳が終わった所で、まずはペグの回転量と弦の荷重の関係を見ていきたいと思います。
前提として、ペグのギア比が1弦から6弦で同じであるということにします。
各弦でギア比が異なってしまうと、ペグを回した時に緩む量が変わってきて話がややこしくなってしまうので・・。
まあこれに関しては、たまたまギアカバーが無くむき出しのペグが付いたギターを持っていたので確認しましたが、すべて同じ歯数の歯車の組合せだったので、問題ないと思います。
では実際に計算式を見てみます。
以降は細かい内容も含むので、興味のある方以外は流し読みで結論だけどうぞ!
下に示したのは応力とひずみの関係式です。
σ(シグマ)は応力(単位面積あたりの荷重)、ε(イプシロン)はひずみ(もとの長さから伸びた割合)、Eはヤング率(応力とひずみの比例定数、材料の伸びにくさのようなもの)です。
応力とひずみ定義から次のように変換できます。
Fは荷重、Aは断面積、ΔLは伸びた量、Lはもとの長さです。
ΔLイコールの形に変形すると
となります。
ここで、伸びた量であるΔLが、音が下がる方向にペグを回した時にマイナス方向に伸びる(縮んで減る)という風に考えます。
もとの長さL、断面積A、ヤング率Eはペグを回しても変わりません。
ということは、ペグを回す(ΔLを小さくする)と、それに比例して弦の荷重が小さくなる(Fが小さくなる)ことになります。
すべての弦でペグの回転量を合わせると、同じ割合ずつ弦の荷重が小さくなるので、この方法は一見問題がないように見えます。
しかし、実際にペグを何回転かさせてみると、6弦はダルダルでも1弦はまだ少し張っているような状態になります。
一体なぜでしょうか!?
ペグの回転基準の問題点
同じだけペグを回転させても、弦によって緩み具合に差が出てくる・・この要因の1つは弦の太さだと思われます。
当たり前ですが、1弦から6弦に行くに従って、徐々に弦が太くなってますよね?
弦が太いということは、ペグに巻き付けたときに中心線が外側になります。
図に描くとこんな感じです。
灰色がペグポスト、黄色が弦で、上から見ていると考えて下さい。
円周の長さ(ここではペグを回した時の移動量)は直径×円周率で求められます。
なので、ペグの外表面と近い位置に中心線が来る1弦(図のr1)よりも、少し外側に中心線が来る6弦(図のr6)の方が、同じペグの回転量でも多めに弦が移動する(緩む)ことになります。
加えて、ギアの噛み合わせの問題もありそうです。
音を高くする方向にペグを回すとギアが噛み合う方向になるので、ギターのチューニングは低い方から高い方に合わせるべきという話を聞いたことがないでしょうか?
今回は弦を緩めているので、ギアが噛み合わずに不安定な状態になります。
なので、同じだけペグを回転させても、後からバラツキが出てきてしまうかもしれません。
以上のように、ペグの回転量を合わせて緩めるのは、ベストな方法ではなさそうです。
では。下げる音程を合わせて緩める方法はどうなのでしょうか?
続けて検討してみます。
下げる音程を合わせた時
音程基準で弦を緩める時も、ペグ基準の時と同様に何とか計算式で見ていこうと思います。
ここで使うのは、弦の固有振動数を表した式です。
fnは周波数、l(エル)は弦の長さ、Sは張力、ρ(ロー)は線密度です。
nはひとまず1としておいてもらえればOKです(2以上のnは倍音になります)。
弦の長さlと線密度ρ(単位長さあたりの密度)は弦を緩めても変わりません。
注目するのは、緩める基準の周波数fnと張力(弦の荷重)Sですね。
先ほどまでは弦の荷重をFとしていましたが、ここでは慣例的にSとしているだけで同じ意味です。
周波数fnを小さくすると、それに応じて張力Sも小さくなります。
例えば分かりやすいように、元の音よりも1オクターブ下げると考えます。
1オクターブ下げると、周波数fnは1/2になります。
その時、張力Sも下がりますが、ルートが付いているので1/4になるという感じです。
弦を緩めた時、各弦の荷重の下がる割合は同じなので、この周波数基準の方法は理論上は問題なさそうです。
ペグ基準の時にあった、弦の太さによって荷重の変化の割合が変わるような問題はありません。
また、ギアが噛み合わずにバラツキが出る件も、緩めた後に少し高くなる方向にチューニングすれば解決します。
以上のことから、今回の結論は次のようにしたいと思います!
- 弦を緩める時は、下げる音程を合わせるのが良い。
- ペグの回転量を合わせて緩めるのは闇雲に緩めるよりはマシだが、荷重のバランスが崩れる要因が複数あるため避けた方が無難。
細々した文章を最後までお読みいただきありがとうございました。
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