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「これさえ練習すれば上達する」はウソ

この前、久しぶりに平日の昼間にやってるテレビ番組を見たんですが、合間に流れるCMにびっくりしました。飲むだけで健康になれるサプリとか、付けているだけで脂肪が燃焼する機械とか、そんなのが延々と宣伝されていたんです・・。もちろん効果はゼロではないんでしょうが、それ単独ではあまり状況が改善される気がしなくないでしょうか。

ギターのレッスン動画や教則本でも、「これさえ練習すれば上達する」みたいなのをたまに見かけます(以降こういったコンテンツを略して「これさえ」と表記します)。

 

「これさえ」の練習にも何らかの効果はありますし、練習自体は自分で手を動かしてやるので、サプリとか機械に比べたら頑張ってる感も湧きやすいです。

 

動画を再生してもらったり教則本を買ってもらったりするために、少し誇張した表現になっていることが多く、聞こえや字面の良さもあります。

 

 

 

しかし、タイトル通りに1つの練習を(しかも大抵は自分と面識のない人が考えたものを)やってるだけで、本当に上達するのでしょうか?

 

もし上達するなら、すべてのギタリストが「これさえ」を実践すべきなのに、そうなっていないのは何故なんでしょうか?

 

そのあたりをスッキリさせるために、今回はジグソーパズルで例えて考えてみたいと思います。

 

こんな感じで、途中まで出来上がっているパズルを考えます(モミジの絵柄は拝借したフリー素材がそうなっていただけで、特に意味はありません・・。)

 

何かギターの練習をすることで、パズルのピースがはまっていくようなイメージです。

 

うまくはめていくと、ちょっとしたことでは崩れない強固な塊になり、絵柄も良く見えるようになっていきます。

 

逆に既存の絵柄と繋がっていないピースは動きやすく、それ単体では何を表現しているのか分かりません。

 

 

 

良いギターの先生に習っていたり、自分の演奏を良く分析している人は、次にはめるべきピースの場所を知っています。

 

場所が分かっているので、後はそれを一生懸命探してはめるだけです。

 

結果、パズルの強度が増すだけでなく、隣に仮で置いてあったピース(ここでは青い矢印の下のピース)が正しいかどうかも分かります。

 

だんだんと人に見せられる絵柄になっていき、徐々に完成してきたことで自分のモチベーションも上がります。

 

一方、「これさえ」はパズルがどれだけ完成しているか分からない状態で、ピースを指定してきます。

 

例えそれが一般論として良い内容の練習(ここではパズルの"角"とします)であっても、すでにはまっているピースかもしれませんし

 

今までやってきたこととほとんど関係ない場所かもしれません。

 

この右下のピースがあることで絵柄全体の大きさを把握できそうですが、これだけを一生懸命はめることがベストかと言われると微妙です。

 

角の1ピースだけでは、絵柄もどうなっているのか良く分かりません。

 

その上、もしかしたら、出来上がってきている左上を作るのに再度熱中し出すと、肘でどこかに飛ばしてしまうかもしれません・・。

 

 

 

「これだけ」の問題点は、冒頭のサプリや機械のように、それさえやっておけば大丈夫という自己暗示にかかって、状況を把握できなくなってしまうことではないでしょうか。

 

自分では何らかの手を打って進歩しているつもりでも、周りから見たら大してできていない・・。

 

ジグソーパズルの場合だと、全然絵柄が見えてきていないのに、自分では大体出来上がっているつもりになっているような状態だと思われます。

 

そういう意味では、「これだけ」を作っている側が悪いとかではなく、練習する本人の問題と言えるかもしれません。

 

 

 

確かに「これだけ」と人から言われれば考える必要がなくて楽ですし、自分の出来ていないことに目を向ける必要もありません。

 

しかし、それだけしかしないのは、今回考えてきたように悪手な気がします。

 

サプリを服用しながらトレーニングしたら効率が良いように、「これだけ」ではなく本当に自分に必要なことを探して「これも」の精神で行くのが良いのではないでしょうか。

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