
ギタリストの生き方や考え方を知るのに有用な情報として、インタビュー記事があります。しかし紙面の都合上、その時にリリースしたアルバムの話が大半を占めていたりで、あまり多くのことに触れられていないこともあります。じゃあギタリストの自伝ならより深いことが載っているのではないか!?ということで、1冊読んでみました。
今回読んだのはアンドレス・セゴビアの自伝です。
「誰それ?」って方もいるかもしれませんが、クラシックギターを語る時にまず名前が挙がる、巨匠中の巨匠です。
1893年スペイン生まれで、当時は酒場で歌の伴奏をするような役割だったギターを、大きなホールで行われるクラシックコンサートで主役を張るまでに、その地位を向上させました。
この人がいなければ、ギターは今のように普及していないことは間違いありません!
自伝のタイトルは「セゴビア自伝 我が青春の日々」。
初版が1978年の古い本ですが、古本としてはある程度出回っているようです。

実際に読んでみると、細かいエピソードや気持ちの描写など自伝ならではの面白さがあったのですが、同時に自伝ならではの難しさもありました。
以降、ネタバレしない程度に内容を振り返りつつ、自伝の面白さと難しさについてまとめてみたいと思います。
自伝の面白さ
一部をゴーストライターが書いたとか、編集者が文章に手を加えたとか、そんな所もあるかもしれませんが、やはり本人の言葉で書かれているのが自伝の最大の魅力だと思います。
セゴビアがギターを志した当時は、バイオリンやピアノに比べてかなり下の楽器とみなされていて、セゴビアが他の楽器への転向を進められる話も数回出てきます。
しかし強い意志と共にそれらを一蹴しつつ、他の楽器の良い部分も取り入れて発展させていく様子が力強い文章で書かれており、ギターに対する想いが伝わってきます。
反対に恋愛に対しては、感傷的な表現が多くなっていました。
ある女性に対して、「彼女のことを考えると演奏に集中できない」みたいなことをポロっと書いてしまっていたりします。
演奏を完璧にこなすセゴビアのイメージとは別の一面が垣間見られて、とても興味深かったです。
後は、演奏やインタビューだけでは分からないセゴビアの人物像も、自伝ではにじみ出てきているように思います。
例えば人物の描写では、服装や髪型だけでなく言葉の訛り(スペイン語の訛り)や表情まで細かく観察して書いていることが何度もあります。
本業の音楽に関しては、ギターだけでなく他の楽器や声楽をやっている人物も、さらにプロでもアマチュアでも容赦なしに批判しています。
尊敬するギタリストも例外ではなく、例えばセゴビアが憧れていたギタリストの1人であるミゲル・リョベートに対しても冷静に批評しており、良く言えば鋭敏な、悪く言えば神経質な人物だという風な印象を受けました。
そういえばセゴビアは笑顔で写っている写真が少なく、気難しい表情が多いイメージだったので、その辺りと文章がリンクして情報が立体的に見えるような感覚にもなります(私の主観ですが・・)。
音楽以外では文学や絵画の話がたくさん出てきていました。
実際に画家の友人がいたりと、他の芸術分野にも造詣が深かったようです。
その辺りの感性が、ギターの演奏にも反映されているのかもしれません。
ギターを弾く人間としては、ギターの奏法に関しての記述も気になる所です。
楽器をやらない人にも読んでもらえるように意識してか、あまり多くは語られていませんでしたが、それでもいくつか興味深いエピソードがありました。
セゴビア以前のクラシックギターは爪ではなく指先で弾くのが主流で、セゴビアはこれを"指頭奏法"と呼んでいます。
セゴビアは粒立ちの良い音色と音量を確保するために、爪を使ったギターの弾き方を確立するのですが、"指頭奏法"の一派から妨害やヤジを受ける様子が被害者?の目線で書かれていたりします。
ギターの練習のエピソードもありました。
当時から楽器の騒音に対するクレームはあったらしく、若い頃に住んでいた下宿で練習するときは、布を当てて音を小さくしていたことが明かされています。
ギター界の巨匠も消音して練習していたと思うと、恵まれた環境の凡人が練習しないわけにはいきませんね・・。
自伝の面白さとして最後に書いておきたいのが、その人が生きていた当時の空気感が詰まっていることです。
セゴビアの自伝の場合は、スペイン内戦やナチスドイツの台頭などの歴史的な出来事の他に、変わっていく環境への対応や(馬車から自動車へ変わる時代だった)、当時の障害者への接し方など、その時代を経験していないと書けない描写が多くありました。
それらを読んでから改めてセゴビアのギターを聴くと、今までとはまた違った響きをしているように思えて不思議です。
自伝の難しさ
自伝を読んで難しいと感じた点としては、専業の作家の伝記や小説のようにビシッとまとまった感じがないことです。
例えば今回のセゴビア自伝は、晩年(70代~80代)に書かれたようですが、30歳手前くらいまでの若い頃の話しか載っていません。
しかも、仕事(ギター)も恋愛もこれからどうなるのか!?という段階でプツンと終わっています。
初めから一時期の出来事だけ書こうとしたのか、何らかの理由で執筆が中断したのかは分かりませんが、読んでいる側としては続きを楽しみにしていた漫画が急に打ち切られた時のようなモヤモヤ感が残ります。
確かに本の副題には「我が青春の日々」とありますが、これは途中で話が終わっていることの辻褄合わせとも思えてしまいます・・。
ただ、もし続きを執筆するにしても、自伝という形式上、絶対にその人が亡くなる時の様子や、後世への影響などは書くことができませんね。
内容全体だけでなく、文章の細かい部分でもまとまりがなく読みづらいことがあります。
例えばある人物は事細かに描写しているのに、違う人物はほとんど特徴が書かれておらず名前くらいしか出てこないことがあります。
書いている本人はもちろん全員知っているんでしょうが、私にとっては初めてお会いする方です・・。
こういった描写がほとんどない友人が一堂に介するような場面もあって、注意深く読んでいるつもりでも、もう誰が誰か分からなくなってしまいます。
時系列についても、進んでいるかと思いきや過去のエピソードが急に挿入されたり、急に長い時間が経過したりして、本人が何歳の時の話なのか把握するのが難しく感じました。
いきなり自伝を読むのではなく、略歴などを事前情報としてインプットしておいた方が良さそうです。
まあそういったことは自伝でなくても分かるので、ちゃんと調べといてねって話ですね・・。
以上、レジェンドギタリストの自伝を読んでみた所感でした。
色々書きましたが、全体を通して楽しく勉強にもなったので、また他のギタリストの自伝も読んでみたいと思います。
本屋さんで探してみると、ジョージ・ベンソンの自伝や、ギタリストではありませんがマイルス・デイビスの自伝が見つかりました。
好きなミュージシャンで面白そうなのですが、どちらもかなりの分厚さだったので、もうちょっと他に探してから考えようかなという感じです・・。
もし既に読破されている方がいたら、ぜひ感想を聞かせて下さい!